ウインドサーフィン・サーフィン・SUP スクール&ショップのRIPPER<リッパー>は、マリンスポーツにチャレンジする好奇心を応援します。

2011 自分探しのスリランカサーフトリップ

Day1
2011年2月14日から21日までの間、日本はバレンタインデーと浮かれているのを尻目に逃げるかのように2年ぶりの今年で5回目のスリランカへ向けて自分探しのサーフトリップに出掛かけるのでした。今回は以前より一人でぶらり旅に出かけていたのだが、たまたまショップに寄ったsyujiがその期間何やるんですか?て聞いてくるので話したところ俺も行きたいですと言う事で、木曜日出発の日曜帰りと言う強行日程で後日合流となった。出発当日はショップを開けた昨年は行く事が出来ずに一年あいたスリランカでの知り合いに会える喜びにワクワクしてなかなか眠る事が出来なかったが、飛行機の中ではゆっくり寝る事が出来そうでなによりだ。ちなみにスリランカへは成田からのスリランカ航空で週に3便。その他タイ航空、シンガポール航空、などもあるがそれぞれの経由地でのトランジットが長過ぎて短期間の俺には無駄な時間と言う事で、いつものスリランカ航空を利用。
と言っても、今回は月曜日発のお隣モルジブ経由となるので成田→モルジブMale AP(11時間)→1時間トランジット→Colombo AP(1時間)の計13時間。&さらに空港から3時間のハイエースの旅でやっと宿に着く。ちなみに日本を13:20発→宿日本時間の朝6:30(時差はマイナス3時間半)と言う行程は覚悟が必要。最近の飛行機のシートには目的地までの時間や今どのへんを飛んでいるかなどの情報が画面にアップされるが成田を出る頃はまだ11時間の表示も9時間、7時間と減り5時間半を過ぎたあたりでもやっと半分。既にその時には海猿3をみて一人号泣をメイクしている。

仮にやっとの思いでモルディブのmaleに着いたとしても日本時間の真夜中3時半。そこから1時間のトランジットアフター1時間のフライトがまっておりさらにコロンボの空港からさらにハイエースのバトルレースが2時間半。全く先が思いやられるぜ~。とまぁ〜なんだかんだ言っても時間が解決してくれる超事案のフライトも終わり2年ぶり5度目のスリランカ バンダラナイケ国際空港に到着した.以前お世話になった現地ガイドのRUWAN

が迎えに来てくれ、その後一歩外に出るとそりゃぁ〜もう〜熱気ムンムン、湿気バリバリのスリランカムードタップリの荒野に投げ出された感じにされる.

宿は今回で2回目のBlue Ocean Villaに宿泊。奥さんが静岡、相良の娘で旦那がスリランカ人.その旦那がやっているきれいな宿だ。宿に着くなりここで問題発生.言葉の伝達不足により、14日と15日の到着の勘違いにより着いたその日は部屋が空いていないと言う事でフロントにソファーのマットを引いて即爆睡となった。
まさにビーチフロントの為、波の割れる音が聞こえ、明日からの波のサイズアップに期待する。
Day2
が、しかし、前日の出発による喜びと、当日の喜びによろ興奮から機内では全く寝る事が出来ず飛行機の中でも目が冴えほとんど寝る事が出来ず、ここにきって一気に睡魔に襲われ起きたのは8時頃。日本時間で言う11時半。しかし、思っていた以上にサイズも上がっておらず、風も吹き始めていた事もありこの地に体を慣らすと言う事で町をぶらついたり



近くのマーケットでフルーツゲットしたり。これがまた絶品。今回は無かったが赤い皮をしたモンキーバナナ。最高に旨い。
それと、今回サーフィン以外のもう一つのミッションであるスパイスの購入。最近スパイシーなインドカリー作りに凝っていて本場のスパイスが欲しくてたまらなかった.と言う事でこれまた近くのスパイスショップへ!

魅力的なスパイスがかなり安く買える.カリーパウダーを始め、ナツメグ、クローブ、シード、コリアンダー、シナモン、ホールペッパーなどなど・・・最高〜!
ちなみに、ご存知の方も煎るとは思いますが、↓のように洗剤など小さい袋に入っているのは基本的には貧乏で大きな箱買いが出来ないから小さくわけて必要な分だけ小出しに買いに来れるようにと言う事からアジア圏ではこのように小さいサイズにわけられているとか。
その後、軽く1ラウンドしていつも来た時に寄るレストランで食事をし、
(4種のカレーとレッドライスが着いて日本円で300円くらい)早々に就寝モードに入った。ここまで毎年短い期間ではあるが来ると自分の存在を覚えてくれており、レストランや町のお店なんかでは久しぶりの再会に片言の英語ではあるが話が弾み、以前来たときの写真を現像して持って来ていたので渡すと大喜びで受け取ってくれたのが印象的だった。正直これだけでも来たかいがあると思えるくらいの再会だ.
Day3
この日は朝の暗い内から何度か波チェックをし始め6時半頃の明るくなり始めた頃からパドルアウトし始めた.

この頃はまだ風も無風で海上にもまだ1人しかおらず時間と共に徐々に人が増え始めた。波も今年は今まで全然なくて南の方がサイズもあったようだが、今日あたりからここヒッカドゥワでもサイズアップし始めてみていた。結局朝は3時間半位やり、一度朝食
に上がるがしばらくして本日2ラウンド目をメイク.ちなみにこの朝食はどのホテルでもこんな感じで、トースト4枚.紅茶かコーヒーがポットでタップリ、卵はスクランブル、ゆで卵、目玉焼きが選べるが、これは裏メニュー?のオムレツに。それとオレンジジュースに今回は毎日パパイヤがビックサイズで出される.
いままではパイナップルでこれまたこんなに甘いパイナップルは食べた事が無い位の甘い奴会ったなぁ〜。波のサイズもセットで頭くらいのきれいなA-frameが割れ十分楽しめるコンディションが整い始めた.海の上でも2年前に話が弾んだイスラエルのサーファーやフランス、アメリカ、カナダなどのサーファ–とも再会し、


早速サーフトリップの醍醐味を味わった感じがする.昼過ぎあたりから風も入り始め.疲れも出て来たので一度上がり近くのレストランで食事をし、本を読んだり昼寝をしたりリラックスモード全開で今のこの時間を満喫した。夕方サンセットサーフィンをメイクし余韻に浸りながら眠りにつく。

Day4
本日も朝からA-Frameがきれいに割れており午前中に2ラウンドメイクしこの日はお昼から用事を作っていた.実は宿の日本人の奥さんであるミカちゃんからの提案でこちらスリランカでも日本で言う何周忌という行事が行われるらしく、その際には知人や近所の方々はもちろん、うちらみたいな知り合いの友人(外国人も含め)を数種類のカリーとフルーツサラダ、アイスなどでおもてなしをするらしい.

そして今回知り合いのゲストハウスのお父さんが亡くなって3周忌と言う事でおよばれして行ってみてビックリ。これまた魚、野菜、豆、鳥などのカリー&レッドライス、ホワイトライス.、イエローライスと用意されており好きな物を好きな分だけ食べ放題。
これがマジで旨い.そこら辺のレストランよりも旨かった.しかも、誰に会っても笑顔で良く来てくれましたと言わんばかりの笑顔で迎え入れてくれ
2回もお変わりをしてしまった.もちろん、スプーン、フォークは用意されているが、ここはスリランカ式に右手で食す.
ぱっと見は汚くも見えるが、ライスの上に数種のカレーをのせそれぞれを右手指先でつぶしたり、こねたりしてギュッとまとめて親指で押し込んで食べるのでこれくらいに汚れるのは普通である.地元ローカルキッズはもっときれいに食べていたが・・・
最後にカードと言われる水牛のミルクで作られるヨーグルトがありこれにはたまげた.
クリームチーズの様な濃厚さがありそれぞれの家庭で作られるみたいだが、ここのはこのつぼで作られていた.このカードとアイスと、バナナ、パパイヤ、マンゴー、パイナップルで作られてフルーツサラダを一つの器に入れて食べたが言葉にならない。
3回おかわりコース・・・その後は風も吹いている事だし普段日本では読まない本でも柄にもなく読んでのんびりシャワー浴びてお昼寝。いやぁ~極楽極楽・・・そう言えば本日真夜中にsyujiが到着するので現地ガイドのルワンに連絡したら「You said eighteen !!」だって。「Oooooooh  my Goooooooosh !!!!!!!!!!!!!」俺のときもそうだけど、こちら時間の真夜中0時頃到着を俺は勘違いして翌日の日にちを言っていたみたいだ.いやぁ〜連絡してみて良かった〜危うく修司をコロンボの空港に置き去りにするところだった。今夜スリランカ時間の3;00頃(日本時間の7;30)に修司が宿に到着予定でそれからすぐに仮眠させて3時間後の6時には再度ピックアップしてもらいサウスポイントにサーフトリップ予定。修司体力持つかなぁ〜というか、睡魔に負けるなよ〜俺は負けたけど。
Day5
今日は朝6:00にガイドのルワンが迎えに来てくれてサーフトリップに行く予定。・・・だが6時を過ぎても来る気配がない.まっている間に日本ではあり得ない光景が目の前でおこり修司と二人で笑っちまった.それは野良犬ならぬ野良牛がゴミをあさっている。ありえね〜〜しかもこんなの普通にいるんだから笑うしか無かった。スッゲ〜ぜ、スリランカ。
30分を過ぎてもまだ来ない。基本的にはそれほどスリランカ人はルーズではないような気がするが・・・45分を過ぎて初めて電話してみると案の上寝ていた。まぁ〜月曜日コロンボまで俺を迎えに来てくれて翌日KANDYまで別のお客を連れて片道5時間くらいのツアーに行き、また修司を迎えにコロンボまで迎えに行ってその朝すぐにじゃ〜ここ最近のハードドライブじゃ〜しょうがね〜わな・・・その後すぐに来てくれてすかさずハイエースレースがスタート.
アジア特有の車との間数センチをギリギリでかわしながら抜いて行く.もちろんこんな風にバスをトラックが反対車線に出てクラクションガンガンに鳴らしながらの追い越しは当たり前。思わず笑っちまう。その後カバラナ、プランテーション、ミディガマ、ミリッサ、などのメインポイントをチェックしたのち、さらにその奥のマアタラにて入る.多少風が入っていたもののこの波で少人数はニッコリです.


ここはビーチフロントの家のシャワーを無料でというか好意で貸してくれる。奥はトイレ。もちろん水洗ではないのでこのシャワーで水を溜めて便器に流すと言う感じ。オレンジの樽には洗濯物が。決して奇麗でも裕福ではないが、豊かな場所で
決して恵まれてはいないが恵まれている場所。ローカルの子供たちを見ているとなぜだかそんな風に感じてしまう。



このマアタラポイントは数年前から毎年寄っているところで、いつもいるおじさんや、昨年ジャングルを散歩している時にたまたま会った下の方が「うちに寄ってお茶して行きなよ」と初対面の俺を誘ってくれて家に案内してくれた。
たまたま写真を撮ったので渡したくもあったので記憶をたよりに行くと家が建築中で工事現場の人に聞くと「ビーチフロントの家にいるよ」との事で案内してもらうとスッッゲ〜豪邸みたいなところになっていた聞くと何かの商売のマネジャーをしているようで成功したので建て替えたのだと。やはりこういう場所でも成功者はいるもんだなと感じた.また、ここは数年前スマトラ大地震の際に津波による被害があった場所で、そのときの写真を今も大切に保存しているおじさん。
津波直後のマアタラ。
そして長い時間をかけてここまで復興された.これはここマアタラに限らずヒッカドゥワ、カバラナ、ミリッサ全てがそうだったようだ。

こんな事があってもやはり自分のふるさとを離れたくはないのだと・・・。
波こそいまいちな感じではあったけれどもムネカタくらいの波で俺的にはストレス無く遊べて良かった。修司的にはいまいち波と合っていないようで本来の調子が出ていなかったようだが後半はぼちぼち調子が出て来たようでたのしめていたのかな。
そこでも結局2ラウンドこなし再びhikkaduwaに戻って来た。こちらも相変わらず波は風が入っていてジャンクな感じ.その後時間のない修司と宿が一緒で伊良湖から来ているレイちゃんと一緒に街をぶらつき宿のスタッフが用意してくれたカレーを宿泊者の方達と一緒に食べた.日本人の他フランス、ドイツからの宿泊者たちだ.その後ダラダラ時間をつぶし就寝モード。しかし夜はザーザーの土砂降り&爆竹などの宴に何度か目をさますものの結局朝まで爆睡。さすがに最初から飛ばしていた修司は体がばきばきの様子.
Day6
この日は朝からひんやり涼しく今まで来ているスリランカではあり得ない位の涼しさ.数日前までは涼しくて長袖が必要だったと言う話は聞いていたが納得。雨は上がっていたものの暗いうちは前線の影響かウィンドでも走ってしまう位の強風だったようでテンションダウン。6:00頃の明るくなり始めた時には風もやみ波のサイズは上がりきっておらず本日もサウスポイントへの移動を考える.昨日の時点で朝の風のないおいしい時間にメインポイントでサーフィンしてからトリップに向かう予定だった為8:30にピックアップしてもらい昨日と同じく各ポインをチェックしながら結局はマアタラにて1ラウンドこなす.
本日は伊良湖のseekと言うサーフショップの、プロサーファーの大沢裕子さんと一緒に来ていたレイちゃんとの4人でのトリップになった.結局は風が入って来てしまいダラダラのムネ位.たまのセッットで肩サイズは入るが終止難しいコンディションの波であった.午後はそのままhikkaduwaに戻って来て遅い昼食を済ませまたまた普段日本では読まない本を読んだり昼寝をしたりと各々好きずきに時間を費やし夕飯を食いにまた外出。以前から通っていたレストランにて今まで撮り溜めていた来ていた子供たちの写真

を届けに行くついでに食事をと思ったが、時既に遅し.家族で今年いっぱいドイツに出稼ぎに昨日行ってしまったとの事でスタッフも全然違っていたので渡せず.残念。スリランカではドイツに出稼ぎに行く人が多いようで宿のオーナーのシリを含め結構な数のスリランカ人がドイツやイタリアなどのヨーロッパに行く人が多いと聞いたことがある。その後修司とレイちゃんと3人で部屋でダラダラしゃべっていたが俺は知らぬ間に寝てしまい気付いたら皆で近くのホテルで行われているパーティーに行っていたよう。

Day7
本日最終日。朝からコシハラサイズではあったが、
朝一から海に入りガッツり3時間くらいやったかなぁ〜それほどのコンディションでもなかったが心置きなく思う存分パドルをした感じ。その後朝飯を食って部屋の荷物を整理しお土産を買ってもう一ラウンド.朝よりもコンディションは悪くなっていたが、軽く入るつもりが1時間半位入っちゃったかな.その後最終パッキングを済ませ4:30ヒッカドゥワをピックアップの後平日は信号機が車の数に対して絶対に少なすぎるコロンボの街中を通るため5~6時間はかかるところ、日曜日ですいていた事もあり今までよりかは遥かに早い3時間半くらいで到着。


今、飛行機をまつ空港でこれを打っている.2年前のこの時期の今位に滑走路に向かって待っていると白い光が斜め上に向かって飛んで行くのを発見。まさかと思っていたがこれが実は内戦が始まった事に気づいたのはその数秒後の事だった事を思い出す.

上の写真はその時の画像で、チェックインを終えてはいたが、チェックインカウンターまで戻されてみんな中央に集められて床に伏せている所.あの時はマジでビビった.既に内戦は終結しており今はもうそのような事は無くなったと言う事ではあるが、あの一瞬の恐怖をおじいちゃんやおばあちゃん、場合によっては両親くらいの年齢の方は毎日のように味わっていた時代を過ごしている事を考えるとスーパーリスペクトに値すると思う.
今回、このトリップは正直スリランカ本来の波が炸裂した感じではないし、気温的にも朝晩は涼しくこれがスリランカか?と言われれば決してそんな事は無かったと思う.しかし、毎年スリランカでしかあう事は無いが各国のサーファーに再会出来た喜びは俺にとって最高の財産でありこのトリップをこれからも続けていきたいと思う気持ちにさせてくれたし、あいかわらず貧富の差が激しく一般家庭でも電気すら無い家庭がまだまだあり洋服も穴が開き、靴もなくはだしの子供たち。勿論学校に行ける子ばかりではないし、年を聞くまでは小学生の低学年くらいかと思っていた子が年を聞くと16歳で体重は35kg位。まだまだ物乞いをしてくる老人も多く、決して衛生面でも良いとは言えないスリランカ。しかし、この1週間で会ったスリランカの知人やローカル、子供たちの笑顔にはそんな苦労を一かけらも感じさせることの無い、濁りの無い最高の笑顔が帰ってきた。


これは街の清掃車。数十年前のトラクターにボックスをひいてそれぞれの集積場に立ち寄って集めているのだが、それでもこの笑顔.何か誇らしげで「どうだい!俺のトラクター!!!」と言わんばかりの笑顔を見せてくれた.
このスリランカという国は貧しくも豊かであり、厳しくも幸せな心の持ち主の人種であることを改めて感じさせられた。決して裕福ではないし言い出したらきりがないほどの不自由さもあるかもしれないが、こんな笑顔を返せるスリランカ人はこれまたスーパーリスペクトに値する人種だと思う。また、下の画像は2年前の画像

これが今年の浜だ。
分かり辛いかもしれないが、2年前は宿の前にビーチベットを置いてもまだまだ砂浜はあるが、今年は宿の目の前にビーチベットを置いたらそれこそ歩くスペースも狭くなり向こう側のヤシの木の先はかなり広い砂浜があったが今回はビーチはなんとゼロ。無くなっていた.砂浜問題は日本だけではなくここスリランカでも同じように起こっている問題だと改めて感じた。今まで一度も雨にふられた事は無かったが今回は雨にもふられ、朝晩の涼しさも今までには無い物だった.早く通常の気象に戻ってもらいたいもんだ。
今回のトリップでは気分的なリフレッシュが出来た事が今後の仕事に対する気持ちの充電にはもってこいの時間だった.後1時間半でここ、スリランカを離れる事になるが、またいつか、ここに戻ってくる事を強く願いたく今回のレポートを終わらせます。
イストゥティー スリランカ!

2011年2月20
スリランカ バンダラナイケ国際空港にて。

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